子どもが始めた習い事に対する親としての考え方。
息子がサッカーを始めた

息子がサッカーを始めた。
小学3年で、始めてからまだ3ヶ月くらいだ。
息子にはいつかサッカーをやってほしいなと思っていた。
とはいえ、「サッカーやらない?」と勧めたことはない。
きっかけは、小学校でもらってきたサッカースクールのチラシ。
それを見た息子が「行ってみたい!」と言い出した。
そのときは正直嬉しかった。
まさか自分の子どもがサッカーに興味を持つ日が来るとは思ってなかったから。
今ではスクールの練習前に息子とパス交換をしている。
リフティングすると「すげー!」なんて言ってくれる。
それはすごく嬉しい。
自分がやっていたサッカーが、今度は息子との共通のものになった。
息子がサッカーを始めてくれてよかったというのは、間違いなく思っている。
ただ、実際に息子がサッカーを始めてみてひとつ思ったことがある。
自分が子どもの頃にやっていたスポーツを、自分の子どもにやらせるときの親の気持ちのコントロールは難しい。
経験があるからこそ、いろいろ見えてしまう。
そして見えるからこそ、口を出したくなる。
経験者だから気になる
守備に口を出したくなる

今、一番気になっているのが息子の守備だ。
相手がボールを持ってゴールに向かってくる。
そこで息子が積極的にボールを奪いに行けない。
なんというか、相手に進路を譲ってしまうのだ。
「いやいやいや、そこは行かないと!」と思ってしまう。
ゴールを決められたら負ける。
だから相手からボールを奪わなきゃいけない。
サッカーを9年間やってきた身としては、それが当たり前になっている。
だから、言わなくていいと分かっているのにこれまで2回くらい口を出してしまった。
「サッカーはボールを相手から奪わないと負けちゃうんだよ」と。
息子からは「サッカーのことまだよく知らないからできなかったの!」と返ってきた。
ああ・・・。
まぁ、たしかにそれもそうだ。
息子はまだサッカーを始めて3ヶ月しか経っていない。
こっちにとっては当たり前でも、息子にとってはまだ当たり前じゃないことがたくさんある。
友達と一緒なのも気になる

守備以外にも気になることがある。
練習中、息子が仲のいい友達と一緒にいることだ。
練習のゲームでも同じチームになると、なんとなく近くにいる。喋ってる。
それを見ると「いや、練習中だぞオイオイ」と思ってしまう。
サッカーしろよ。
友達と一緒にいる時間じゃないだろ。
そんなことを思ってしまう。
でも、これも結局は個人的なサッカー観なんだと思う。
今の息子はサッカーそのものが大好きでスクールに通っているというより、友達と一緒にサッカーをしている時間が楽しいという感じだ。
それでもいいのかもしれない。
いや、今はそのほうがいいのかもしれない。
サッカーを好きになる入口なんて人それぞれだ。
それを考えると、自分だって大した理由でサッカーを始めたわけじゃなかった。
最初は自身も似たようなもの
初試合で守備を譲った

オレがサッカーを始めたのは小学4年生、9歳のときだ。
当時通っていた小学校では、4年生になると「サッカー」か「ソフトボール」のどちらかをやらなければならなかった。
父親がソフトボールをやっていたので、ソフトボールを見たことはあった。
でも子どもの時には「打つとき以外、暇そうだなー。」と常々思っていた。
それでサッカーを選んだ。
別に小さい頃からサッカーが大好きだったわけでもない。
きっかけなんて、そんなもん。
初めて試合に出たときのことは、今でもよく覚えている。
DFだった。
相手が攻めてきて、自分が止めなきゃいけない場面だった。
そこに味方がサポートに来てくれた。
すると「味方が来たから任せればいいや」と思って守備を譲ってしまった。
結果、その味方は一人で相手に対応することになり失点。
GKに「守りに行けよ!!!」と怒鳴られ、結果試合にも負けた。
この記憶が、かなり強烈に残っている。
だから息子が相手に守備を譲っているように見えると、余計に気になるんだと思う。
でもよく考えたら息子と同じで、最初はサッカーというものが分かってなかった。
始めた理由も単純

今のオレは、何十年分ものサッカー経験を持った状態で息子を見ている。
だから「なんで行かないんだ?」と思ってしまう。
でも比較するなら、今の自分と息子じゃない。
サッカーを始めたばかりだった頃の自分と今の息子を比べなきゃいけない。
オレ自身だって、最初からサッカーに真剣だったわけじゃない。
始めた理由なんて、さっき言った通り「ソフトボールは暇そう」だし。
それなのに息子には、始めて3ヶ月で「練習なんだから真剣にやれ」と思ってしまう。
我ながら勝手なもんだ。
子どもが自分と同じスポーツを始めると、いつの間にか今の自分の価値観で子どもを見てしまう。
これがなかなかに危ない。
上手くなってほしい親心
努力することも知ってほしい

とはいえ、何も言わずに好きなようにやればいいとも思っていない。
息子にサッカーの楽しさを知ってほしい。
サッカーを通じて、仲間と一緒に何かをする素晴らしさも経験してほしい。
そして、サッカーをもっと好きになってほしい。
ただ、そのためにはある程度うまくなることも必要だと思っている。
パスが通った。
相手からボールを奪えた。
シュートが入った。
ドリブルで相手を抜けた。
できることが増えれば、そのぶんサッカーは楽しくなる。
そして、うまくなるにはやっぱり多少の努力が必要だ。
オレ自身、子どもの頃は家でもリフティングをしていた。
最初は全然できなかった。
それでも続けているうちに10回できるようになった。
さらに続けたら20回できるようになった。
やればできるようになる。
その感覚は、息子にも知ってほしい。
努力すれば、できなかったことができるようになる。
うまくなりたいなら、そのために少し頑張る必要がある。
サッカーを通してそういうことも経験してほしいと思っている。
だからこそ、余計に口を出したくなる。
ここが難しい。
オレとは環境が違う

ただ、息子とはサッカーをしている環境も全然違う。
子どもの頃は週3回練習があった。
息子は週1回だ。
単純に考えても、サッカーをする時間が3倍違う。
さらにオレは家でもリフティングをしていた。
息子は今のところ、基本的にはスクールでサッカーをするくらいだ。
家の中にサッカーボールがあるので、ときどき「ドリブル~!」なんて言いながら触っていることはある。
リフティングが宿題として出たときは、スクールの次の日に誘ったら一緒にやってもくれた。
今はそのくらいだ。
自分から外に出て毎日練習するほど、サッカーに夢中になっているわけじゃない。
まだ始めて3ヶ月だ。
ここからサッカーそのものが好きになって、自分からボールを触るようになるかもしれない。
そこを親が先回りして「練習しろ」「もっと真面目にやれ」と言いすぎて、サッカーを嫌いにさせたら意味がない。
努力の大切さは知ってほしい。
でも、その努力を親が強制したくはない。
このバランスが難しい。
親はどこまで口を出す?
先生の言葉に乗っかる

今、なるべく意識していることがある。
オレから何でもかんでも言わないこと。
スクールでは練習の最後に、先生が子どもたちにコメントをする時間がある。
ある日、息子は先生から「優しすぎる。守備のときは鬼になっていいんだよ。鬼になって相手からボールを奪うんだ!」というようなことを言われていた。
その帰りにオレは「先生になんて言われてたの?」と聞いた。
息子が答えたあと、「あー、奪わないとゴール入れられちゃうもんね。守備のときは優しくしなくていいんだよ!」くらいのことを言った。
今は、このくらいでいいと思っている。
オレの言葉より、先生の言葉のほうが息子には響くだろう。
先生に言われたことを、親子の会話の中でもう一度確認する。
そのくらいの距離感でいたい。
言いすぎて反省

実際、言葉が強くなりすぎて反省したこともある。
息子に守備の話をしたとき、「ゴールを入れられることは負けること。負けることはスポーツでは死んじゃうことと一緒なんだよ」と言ったことがある。
今思うと、小3の子どもに言う言葉としては強すぎた。
息子も分かったような、分かっていないような反応だった。
オレが伝えたかったのは、サッカーではゴールを守ることに意味があるということだった。
でも、オレの中にはすでに「サッカーとはこういうスポーツだ」という価値観ができあがっている。
勝つことの意味も分かっている。
負ける悔しさも知っている。
守備で相手に行かなきゃいけない理由も分かっている。
でも息子は、まだそこを知っている途中だ。
そんな子どもに経験者の価値観をそのまま渡しても、そりゃ温度差がある。
知らないなら、まず知るところからでいいはずなのに、そこをすっ飛ばしていたんだと思う。
親はコーチじゃない
経験があると、どうしても教えたくなる。
見れば分かってしまうからだ。
もっとこうしたほうがいい。
そこは違う。
今のはこうするべき。
言おうと思えば、いくらでも言える。
でも、分かることと、言うべきことは別なんだと思う。
そもそもオレは親であって、息子のサッカーコーチではない。
サッカーを教えるのは先生に任せればいい。
オレは息子とパス交換したり、リフティングを見せて「すげー!」と言ってもらったり、一緒にサッカーを楽しめればいい(プロを目指すなら別だが)。
それくらいの立ち位置のほうが、たぶん親子としてはうまくいくのだろうと感じてる。
自分と子どもは別
経験者だからこそ黙る

自分がやっていたスポーツを子どもも始めると、親としては嬉しい。
同じ話ができる。
一緒に練習できる。
自分の経験を教えることもできる。
でも、その経験があるからこそ難しい。
自分なりのスポーツ観がある。
自分なりの努力の仕方がある。
自分なりの「こうするべき」がある。
そして気を抜くと、それを子どもにも求めてしまう。
でも、自分と子どもは別だ。
自分ができたから、息子もできるとは限らない。
自分がそうだったから、息子も同じようになる必要はない。
自分がサッカーを好きになった道と、息子がサッカーを好きになる道だって違っていい。
経験者の親に必要なのは、教える技術よりも、黙って見ている技術なのかもしれない。
息子なりのサッカーでいい

今の息子は、サッカーそのものより友達と一緒にサッカーをしている時間のほうが好きなのかもしれない。
でも、今はそれでいい。
オレだって「ソフトボールは暇そう」という理由でサッカーを始めた。
最初の試合では守備を味方に譲って失点した。
最初からサッカーを理解していたわけでもない。
それでも続けていくうちに、家でリフティングをするようになった。
できなかったことができるようになる楽しさも知った。
息子もこれからなのだ。
その中で「もっと上手くなりたい」と思うかもしれない。
「もっと勝ちたい」と思うかもしれない。
「もっとボールを触りたい」と思うかもしれない。
そうなったときに、少しだけ手伝ってあげればいい。
親子で同じスポーツができるのは、本当に嬉しい。
だからこそ、自分のサッカー観まで息子に引き継がせようとしないほうがいい。
息子は息子。
経験者だからこそ、口を出したくなったときに一回黙る。
今はそれくらいでいいんだと思う。
じゃ、おつ!

